ほそかわ農園の食卓

保育園の給食

富士見町には「よっちゃばり」という農家の女性たちなどが中心となって活動している会があり、わが家もその会員に入っている。「よっちゃばり」とはこの地方の方言で「みんなで寄り集まって何かすること」という意味らしい。地元の安全な野菜やお米を、町内の保育園や学校に提供し、食育などにも力を入れている元気な集まりだ。わが家も時々、保育園や中学校に野菜を提供している。調理員の方たちが調理しやすい形や大きさのものをそろえなければいけないので意外と気を使うが、やりがいのある仕事だ。

先日うちの子供たちも通っていた保育園から、野菜のお礼にと招待を受け、夫とふたりで給食をご馳走になった。その日は七五三の特別メニュー「黒米おこわ、エビフライ、キャベツの煮浸し、すまし汁、みかん」だった。黒米は富士見の特産品で、朝に持っていったうちのホウレンソウも、ちゃんとすまし汁の中に入っていた。近所の顔見知りの子供たちもたくさんいるので、すぐにうちとけて「おこわがおいしいねえー」とか「えっ!えびのしっぽも食べちゃうの?」などと、おしゃべりしながら楽しくいただいた。意外とみんな野菜も残さずにパクパクと食べていて、すごいと感心する。

こうやって、作り手の私たちと地域の子供たちが顔を合わせる機会が持てて、とてもうれしい。食育とまではいかなくても、子供たちに旬の野菜を食べてもらって、「おいしいなー」と感じてもらいたい。今、あらゆる食べ物が氾濫している時代だからこそ、子供のころから野菜そのものの甘さなどのおいしさがわかる、繊細な味覚を養うことが大切だと思う。みんなご飯と野菜をいっぱい食べて、元気に大きくなってね。(ひ)

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秋のお料理

今回はお料理特集です。なんて私は料理好きではありますが、決して得意ではないし、凝った料理など作れません。だから本当は皆様にレシピを紹介するなんて、おこがましくて恥ずかしいです。ただ、素材が良いので、焼いただけ・蒸しただけで十分おいしくて、あえて手の込んだ料理は必要ないのです。それにわが家の場合、家にごろごろしている野菜たちをできるだけ無駄にしないようにと、大量に作って大皿にで~んと盛ってしまうので、繊細に美しくお皿に盛り付けることができないのです。いや、単にセンスがないだけかも・・・。いろいろ本とかみながら試作した中で、おいしかったものをアレンジして紹介します。分量はいつもテキトーなので書けなくてごめんなさい。味見をしながら調節してください。

★ヤマトイモ・・・ヤマトイモって生だとシャキシャキしていて、火を通すとホクホクで、すりおろすとトロトロで、どれもおいしくてなかなかの優れもの。形が入り組んでいて皮をむくのがめんどうですが、気にならない方はよく洗ってひげ根を取り、皮ごと調理してください。

ヤマトイモのねぎ味噌焼き・・・①.ヤマトイモは1cmの厚さに切る。魚焼きグリル(またはオーブントースター)で両面3分ほど焼く。②.みじん切りしたねぎ、味噌、おろし生姜少々をよく混ぜ合わせ、ヤマトイモの上にのせる。③.こんがり焦げ目がつくまで、グリルでさらに焼く。

ヤマトイモの梅あえ・・・①.ヤマトイモはビニール袋にいれ、麺棒でたたいて粗く砕く。②.ヤマトイモを梅肉、とろろ昆布、醤油で和える。

★すぐにできるコロッケとグラタン。パン粉をフライパンで炒めてしまうのがミソです。

揚げないかぼちゃのコロッケ・・・①.かぼちゃは適当な大きさに切り、少量の水を入れた鍋に入れて蓋をし、やわらかくなるまで煮る。煮汁を捨ててマッシャーでつぶす。②.油をしいたフライパンに、みじん切りしたタマネギとひき肉を入れて炒め、塩コショウで味をつける。③.②につぶしたかぼちゃを入れて、混ぜ合わせる。適量手にとって、小判型に形を整える。④.油をしいたフライパンにパン粉を入れ、薄茶色に色づくまで炒める。コロッケにパン粉をまぶす。※もちろん、同様にしてジャガイモのコロッケも作れます。

オーブンを使わない野菜たっぷりマカロニグラタン

①.鶏肉と、お好みの野菜(かぼちゃ、カブ、タマネギ、コーン、レンコン、ブロッコリーなど)を小さめに切る。②.油をしいた鍋に鶏肉と野菜を入れて少し炒める。米粉をまぶしてよく混ぜ合わせ、水と牛乳(または豆乳)を入れてやわらかくなるまで煮る。塩コショウで味つけする。③.マカロニは別の鍋で表示どおりゆで、ざるにあげる。野菜の鍋に入れて混ぜ合わせる。とろみがたりない場合は米粉を足して煮る。④.油をしいたフライパンにパン粉を入れて、うす茶色になるまで炒める。⑤.器に③を入れ、パン粉をまぶす。

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子供たちのこと

収穫の秋もやっぱり忙しい。稲を刈り、はぜに干して脱穀。大豆などの豆類も収穫、干して脱穀。サツマイモ、ヤマトイモの収穫など。冬に向けて食料をためこむリスのようにくるくる(ばたばた?)と走り回っている。そろそろ柿も色づいてきた。干し柿も作らないと!

話は変わって、親なら誰でもわが子が勉強もスポーツもできて、友達もたくさんいて・・・そういう子になってほしいと期待しますよね。残念ながらその正反対を突っ走る5年生のわが息子。決して謙遜でなく、同年代の子が普通にできることがうまくできないのだ。おまけに手先が不器用で、いじめにあったこともあるし、アトピーや食物アレルギーもある。どうしてうちの子ばかりこれだけのハンディを背負わなきゃならんのだろう・・・時々やりきれない気持ちになる。少しでも何とかしようと、宿題やスポーツなど叱咤激励するのだが、最後は私も息子もかんしゃくを起こして収拾のつかない毎日だ。

でもでも、そんな息子にもすばらしい一面がある。それは何気ない日常の中で、時々はっと気がつくことなのです。例えば、赤ちゃんを抱っこして荷物を持っている知人にさっと荷物を持ってあげたりとか、お椀をひっくり返してあわてているお客さんに「俺もよくやるんだよねー」とさりげなくフォローしたりする。小さい子供たちの面倒見も良いし、また子供が何日も家に放置されて亡くなる事件を知って本気で悲しむ。そんな子なんです。

もし彼が何でもできる子だったなら、弱者に対して共感する心は育たなかったかもしれない。親が教えたわけでなく、自分が辛い思いをしてきたからこそ身につけたことだ。親は努力して勝つことや上位に立つことばかり子供に求めてしまいがちで、私もそうだった。しかし、他者を思いやったり、分け合ったりする気持ちを育てることのほうが大切で、成長が遅くても優しい心を持っているなら素晴らしいではないか、と今では思う。

子供たちを育てているようで、実は自分が子供から教えられ、日々育てられているんだなあーとつくづく感じます。ちなみに2年生の娘はというと、取り立ててとりえもないけれど、甘え上手でお茶目な性格なので、かわいくてついつい甘くなってます。そして二人とも素直で仲良しの兄妹です。(ひ)

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ばっかり食

お百姓をしていて一番の特権は、とれたての野菜をたくさん食べられること。夏の太陽をぎゅっと閉じ込めたようなトマト、土の香りのするニンジン、寒さにあたって糖分をたっぷり蓄えたホウレンソウ。旬の野菜だからこそ味わえるぜいたくだ。しかし裏を返せば、その時期は毎日同じ野菜しかとれないので、毎食同じ野菜を食べ続けることでもある。今は傷のあるトマトとバナナピーマンがどっさりあるので、早く使っちゃうか保存してしまわないと・・・と焦っています。
 同じ野菜をいかにして家族に飽きずに食べてもらうか。悩むところでもあり、料理の工夫のしがいのあるところでもある。例えば「ピーマン、なす、トマト、ズッキーニがあるのでラタトゥィユが作れる!」とか「傷みかけたかぼちゃがあるから、何か子供のおやつは作れないかな?」などとパズルを解くみたいに考えるのは楽しい。料理本をながめながら、次はこれを作ってみようかなーと思索にふけるのもまた楽しい。
 ここで、久しぶりにおすすめの料理本を紹介します。

“ゆるベジ流 万能やさい炒めで53品!あな吉さんの「つかいまわし」レシピ”

浅倉ユキ著 主婦の友社 本体1500円

浅倉さんの発想の豊かさには本当に感心します。“肉・魚・卵・砂糖・だしを使わない”というと、かなり限られた料理しか作れないと普通は思いますよね。でも、彼女にかかれば和・洋・中からエスニックまで何でもおいしく、しかも簡単に作れてしまう。うちは子供がアレルギーで卵と乳製品が食べられないので、チーズや卵のコピー料理は子供たちに大好評です。さて、この本は家にある野菜なんでもを「やさい炒め」にし、これを「おかずのもと」としてあらゆる料理に展開してゆくという画期的なものです。わが家のように「野菜がどっさり余っている」「料理がワンパターンで困っている」という人にはぴったり。ここではうまく説明できないので、興味を持たれた方はぜひ本屋さんで手にとってみてください。
 私にとって、旬の野菜を楽しく料理して、おいしくいただいて、家族が元気になれたら、それだけで他に何もいらないと思えるくらい幸せです。(ひ)

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おいしい料理との出会い

 山梨県の大泉に「ごぱん」という、マクロビオティックのレストランがある。そこで出されるお料理や販売しているパンは、厳選した材料でとても丁寧に作られているので、すごくおいしい。そのお店のKさんからお料理教室の案内をいただき、先日参加してきました。講師は穀物菜食料理の第一人者である大森一慧先生。6人のお子さんを育てられ、たくさんの難病の人を食事と手当て法で救ってきたすごい方らしい。実際お会いすると小柄な方で抱いていたイメージとは少し違っていたが、気さくで大らかな人柄がとても素敵でした。
 その日はサツマイモの餡にかぼちゃの皮で作る田舎まんじゅうをメインに教わった。まず、蒸したかぼちゃを少しずつ取り、裏ごしする。次にその中に粉を少しずつ、こねないようにへらで切り混ぜてゆく。そして、ひとまとめにして分割したものを、薄くのばしてさつまいもの餡に包み込んでゆく。先生の年季の入った手つきにほれぼれと見とれてしまう。一つ一つの工程がとても丁寧で、心がこもっているというか、料理に気が入ってゆく感じなのだ。
 その蒸しあがったおまんじゅうを一口食べると、体の中から「あーおいしい」ってわき上がってくるような幸福感。砂糖を使わないので、かぼちゃとサツマイモ自体の甘さが引き立って、何ともいえない優しいおいしさだった。他にもKさんが作られたゴーヤチャンプルーや野菜スープも、食べると指先まで血の巡りが良くなるような、元気がわいてくるおいしいお料理でした。
 偉そうなこと言うようですが、料理のおいしさって、素材の良さが7割を占め、後の2割はその素材の良さを最大限生かせるかどうか、最後の1割は作り手の心によって決まる、と勝手に私は思っている。例えば、お肉や砂糖やだしの素などをどばっと入れると、素材の繊細なおいしさはわからなくなってしまう。また、いらいらした気分の時や、時間がなくて焦って料理すると、味がうまく決まらなかったりしますよね。大地のめぐみに感謝し、丁寧に心を込めて料理することを、あらためて教わった貴重な1日でした。あわただしい時でもおろそかにしないように気をつけたいです。

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夏野菜のゆくえ

 ほそかわ農園の農繁期は3回ある。まず、田植えとハウスで育苗した苗をいっせいに植える5月。そして夏野菜の収穫・出荷のピークを迎える8月。最後は稲刈り、他の穀類、イモ類などを収穫する10月。中でも8月はいちばん忙しい。言い訳がましいですが、しばらくブログをお休みしてすみません。
 夏野菜は7月半ばころからぼちぼち取れ始め、だんだんと収量が増え、お盆のころが最盛期。収穫は早朝の涼しいうちに始める。標高1000mの朝の畑は、朝露にぬれてひんやりとしていて気持ちがいい。私は家の近くの畑でズッキーニとミニトマトをもぐ。夫は5キロほど離れた畑に行き、ナス、ピーマン、シシトウ、キュウリ、トマトなどを収穫する。すごいスピードでコンテナ(箱)の中にひょいひょいと入れてゆき、2時間ちょっとで軽トラックいっぱいにして帰ってくる。夫はよく「畑から毎日10円、20円を拾い集めているような気分だ」なんて言ってます。
 採れたてのナスはつやつやで、ピーマンはピカピカ光っている。そんな野菜たちをできるだけ無駄にせず、新鮮なうちに食べていただきたいと、会員のみなさま、町内の保育園、レストラン、お店などにお届けしている。休みの日には子供たちにも手伝わせて、延々と野菜の袋詰め、箱詰め作業、そして配達の毎日だ。
 農業って子供たちと一緒に仕事ができるところがすばらしいと思う。わが家は子供たちのお小遣いはなく、その日の働きによって100円前後のアルバイト代をあげている。こんなこと書くと細川家の子供は働き者だなぁーと思われるかもしれませんが、かなりめんどくさそうに、しぶしぶやってくれている。ちなみに息子の今年の夏休みの自由研究は、野菜の収穫から、袋詰め、お店に並べるまでの体験をまとめました。
 8月も終わりになると、夏野菜の採れ方ががっくり減って忙しさも一段落。ちょっと寂しいが、次は秋野菜に向けての準備が待っている。(ひ)

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農家のお年寄りから学んだこと


富士見でお百姓を始めた10年以上も前のころは、近所に元気なお百姓のお年寄りがたくさんいた。若い同業者の私たちが珍しかったんでしょう、何かとめんどうを見てくれた。「このささぎ(いんげんの方言)の種くれる(あげるの方言)で、まいてみな。」とか、他にも自家製のお漬物などよくいただいた。私たちの田んぼや畑の様子もよくチェックされていて、「今年はナスがばかに調子いいじゃん」とか何とかよく声をかけてくれたのだが、草ぼうぼうの畑を見られるのはちょっと恥ずかしかった。子供の頃から百姓仕事をしてきて、様々な苦労をされてきたと思うが、みんな田んぼや畑が大好きで、好奇心旺盛で、いきいきとしていた。家でのんびりしていられなくて、老人車を押しながら毎日畑に通っていたおばあちゃん。突然道端でしゃがんで平気で用足しをするおばあちゃん。そんなお年寄りたちを見てたくましさを感じ、「地に足をつけて生きるとは、まさにこのことなんだ!」と、強いあこがれを抱いていた。
 それから何年も経ってひとり、またひとりとお百姓をリタイヤされ、亡くなられるのを見てきて、本当に寂しい。空いている田畑も随分増えた。どうりで私たちも40代半ばになり、年をとったわけだ。しかし相変わらず近所のお百姓の中で最年少に変わりない。
 農村部は過疎化し、耕作放棄地は増加している。一方で就職できない若者がたくさんいる。また、日本は食料自給率が低いけれど、いつまで食料を輸入できるかわからないし、海外には食料が足りなくて困っている国も多いのに、搾取していいのだろうか。それなら若者がどんどん田舎に来てお百姓を始めるよう、うまく仕組めないものか。各地で少しずつ始まってはいるが、農家のお年寄りからいろんなことを学べる時間は、もうそんなに長くない。 (ひ)

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今年もお世話になりました

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今年一年振り返ってみて、まず夏の天候不順のため、野菜のできがいまいちで、皆様にはご迷惑をおかけしました。やっぱり夏はうんと暑くて、冬は寒さに耐えなければ、野菜も人間も丈夫に育たないのかもしれないですね。
あと、今年は冬の間に夫と二階の部屋づくりをしました。もともと2階はお蚕さまを飼っていた部屋だったので、お化け屋敷のように暗くてすすだらけ。真っ黒な柱や梁を何度も何度も雑巾で磨いたり、きれいにそうじするまでが本当に大変でした。それからは、断熱材入れて、板を張って、窓をつけて、戸をつけて・・・と楽しい作業。子供たちと一緒に、壁に漆喰を塗ったのが一番楽しかった(写真)。多少のデコボコだって味がある。左官屋さんになるのも良かったかな、なんて一瞬思いました。
そして、完成した部屋は、夏にWOOF(ウーフ)のお手伝いの方に寝泊りしていただきました。仕事はもちろんのこと、それ以上にいろんな出会いがあって得るものが大きかったです。香港の青年が来られて、ほとんど英語が通じなかったため、来年に向けて夫と農作業しながら英会話のテープを聴いています。学生のころ10年近く英語を勉強したのはいったいなんだったのだろう・・・。
そして来年の希望は、自家製の雑穀を使った料理をいろいろ作ってみたい、あと英語もちょっぴり話せるようになりたい。とにかく来年も元気で畑仕事して、おいしい野菜作って、皆様に喜んでいただきたいです。
最後まで他愛のないことばかり書いてしまいましたが、皆様には本当にお世話になりました。どうぞ皆様お体にお気をつけて、よいお年をお迎え下さい。(ひ)

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野沢菜とたくあん作り

cimg4111.jpgcimg0709.jpg長野に来て驚いたことのひとつが、おやつの時間にたくさんのお漬物が並び、お茶が少しでも減ると、すかさず注ぎ足してくれることだ。そうして知らず知らずのうちに、私もお漬物大好きとなり、毎年欠かさず漬けるようになった。先日も、野沢菜とたくあんを漬けた。今まで他にもいろいろな漬物を試したことがあったが、カビさせたりすると大量に捨てるのが情けなく、困るので、最近は失敗の少ないこの2種類に落ち着いている。
 まず、野沢菜。信州のお漬物といえば野沢菜ですよね。こんなに広い長野県でどこでも野沢菜を漬けているのがとても不思議だった。そう言えば地元の人は「野沢菜漬け」と言わず、「お葉漬け」とか「お菜漬け」などと呼んでいる。昔は「野沢菜」ではなくて、その土地独自の漬け菜があったが、いつの間にかみんな作りやすくておいしい「野沢菜」を漬け菜として作るようになったそうだ。漬け方も昆布、味噌、酢、ザラメ、唐辛子などを入れたりと、その家庭ごとに微妙にレシピが違って、食べ比べさせてもらうのも面白い。我が家は塩と醤油だけのごくシンプルな野沢菜漬けだ。4、5日して水が上がるとすぐ食べられ、年内はしゃきしゃきしたフレッシュグリーンの「浅漬け」が楽しめる。年が明けるとだんだんと飴色に変わり、酸味も出た「古漬け」となり、2月頃まで食べることができる。冬の間のわが家の貴重なおかずであり、ビタミン源だ。
 たくあんもレシピは様々あるが、うちは塩とヌカだけ。砂糖の甘さなどの雑味のないたくあんが食べたいと、2年前から作ってみた。最初作って半年した頃に味見をしてみると、あまりのしょっぱさに、これは失敗かなと思った。1年たってまた味見をすると、少し塩が馴れてきて、食べられるようになる。2年たった今、着色してないのにきれいな黄色になり、少し酸味をおびた古漬けの何とも味わい深いものとなる。それでもやっぱりしよっぱいので、薄く切って少しずついただく。どちらかというと、玄米ご飯に合うたくあんです。
 つい、手前味噌の自慢話をしてしまいましたが、あくまで素人が作ったものですので、年季の入った地元のおばちゃんたちの漬け物とは違います。あしからず。(ひ)

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いのちのたべかた

 農家の私が言うのも変だが、「今食べている食べ物がどのように作られてきたか」知っているようで、実はよく知りませんでした。先日「いのちの食べかた」というドキュメンタリー映画のDVDを借りて観た。ヨーロッパの養鶏場、豚や牛の食肉加工場、パプリカを生産する巨大ハウスなど、食べ物を生産している現場、そこで黙々と働いている人々のシーンが次々に映し出されている。何の解説もなくてわかりづらいところもあるが、逆にいろんな想像力をかきたてられ、とても興味深い。
 例えば、養鶏場で大量のひよこがベルトコンベアーで運ばれ、次々と箱の中に落とされて詰め込まれる。また、体育館のような場所ですし詰め状態で育ったニワトリが、一羽ずつ機械に吸い込まれていって、コンベアーで運ばれ、次の瞬間には順々にお肉になってぶら下がっている。まるでアニメーションを見ているような、生き物ではなくて工業製品を生産しているかのようだ。一方で、牛の眉間に電気ショックのようなものを与えると蓄シーンは衝撃的で、思わず「牛肉食べてごめんなさい」と心の中で謝っていた。
 スーパーで、ニコニコ笑っている鶏や豚のイラストやパッケージングされたお肉を見ていると、命をいただくという感覚がすっかり麻痺させられてしまう。確かに野菜を作るのにも、たくさんのイモムシなどの害虫を殺してきたし、野菜だって逃げはしないけど命には変わりない。
 1年生の娘のクラスでは、給食を食べるときに「いのち、こころ、いただきます」と言っているそうだ。自分の命は、他のたくさんの命によって生かされているということを、あらためて気づかせてくれた映画でした。

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