半年ぶりのおたよりとなりますが、皆様には、お変わりございませんでしょうか。おかげさまで、我が家は、皆元気にしています。
やっと野菜をお届けすることができました。3月、ビニールハウスの中で種をまき始め、5月、6月はイモ類を植え、野菜の苗を植え、田植えをしと、めまぐるしい季節です。やっと仕込みが終わり、さあ開店です。いらっしゃいませ!![]()
ほそかわ農園の、一番大事な約束は、農薬、化学肥料を使わないこと。
よく、無農薬で作物を作るのって大変じゃないですかって聞かれますが、たいへんです(笑)でも、不思議なことに、年々、野菜や稲が、手をかけなくても、すくすくと良い子に育つようになっているのです。こちらの体力はすでに下り坂で、腰やら、膝やら痛いのですが、畑仕事は、なんだか年々、楽になっているような気がします。いやーこれはやっぱり、土が良くなってきたってことかな、と、喜んでいると、今年は久しぶりにピーマンやナスにアブラムシが大発生、退治におおわらわ。まだまだ修行中のようです。
さて、これからむしむしする梅雨、そして暑い夏に備えて、たっぷりと野菜を召し上がっていただき、免疫力を高めていただきたいと思います。胃と腸が元気なことが、すべての元気のもとですね。
菜園たより
有機農業の時代に
今年もいろいろありました。数々の失敗を思い出すと、いまだに冷や汗です。農業は、一年一回の実験みたいなものなので、何か失敗したらもう次は来年です。よーく反省を生かし、前進してゆかねば…。来年も、やってみたいこと、作ってみたい新しい野菜、すでにいろいろな計画がいっぱいあります。ほんとうに楽しみです。
それから、ひとつ、こうなったらいいなと思っていることがあります。それは有機農業がもっともっと世の中に広がってゆくこと。
有機農業、それは、低投入型の農業のひとつといってもよいでしょう。石油から作られている、あるいは、はるばる地球の裏側から運ばれてくる化学肥料の変わりに、自分の住む地域で得られるもの、循環できるものを、少しずつでも使ってゆくこと。作物にあまり無理をさせず、少しずつでも農薬を減らすこと、こういうことは誰にでも十分可能です。
今、世界の食料需給はひっ迫しています。世界の人口の増え方と比べると、この先どうしても食べ物が足りなくなりそうです。日本でも、少しでも農家を増やし、食料自給率を上げるのが急務です。でも、食料増産と、有機農業=環境負荷を少なくしてゆくことは、この限りある地球上で、本来まったく矛盾しないと思うのです。
これから6月初めまで、まことに勝手ながら、長いお休みになります。厳しい冬の寒さゆえ、どうかご了承ください。来年もどうぞよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。(か)
お天気のせい?
その年の気候によって、作物はでき不出来がある。たとえば、「今年は、ジャガイモはいいな」と、作っている人はみんな言っていた。ちょうどジャガイモが一番ふとる大事な時期に、雨が降ったか降らないか、ちょっとしたことが大きく影響する。ちなみにジャガイモは、雨が大嫌いだ。とにかくお天気ばかりはどうしようもない。
その点、うちのようにいろんな作物を作っていると心強い。こっちがだめなら、あっちがよい。いろんな才能をもった孝行息子が順番に助けてくれるという感じだ。いろんなものを作るのは、有機栽培の大事な戦略なのだ。
お天気のせいにできない失敗もある。いや、じつは毎年こうすればよかったということだらけなのだ。今年は、秋の人参が雨に流されてだめになってしまったのだが、これも後から考えると十分防げた。もっとひどいのもある。ミニトマトのハウスをたまたま夜閉めてしまい、朝開けるのを忘れ、60度くらいの暑さになり全滅。これは情けなかった。
いろいろありながら、なんとかやってこれたのも、食べてくださる皆さんのおかげです。
野菜は、これからは、だんだん種類が減っていってしまいますが、12月いっぱいお届けいたしますのでよろしくお願いします。(か)
冬支度パートⅡ
もう冬支度の季節だ。なんだか一年が早いです。
長野の高冷地は、ほんとうにシーズンが短い。春が遅くて、夏が短くて、あっという間に冬が来る。12月半ばには土が凍りつき、もはやトラクターでも起せなくなってしまう。それまでに、収穫するものは、収穫し蓄え、そしてトマトやキュウリの支柱などを片づけ、後ろめたい思いをしつつ、マルチをはがし、きれいに耕してしまわなくてはならない。野菜の収穫も、うっかりしていると、凍らせてしまうことになる。なんだか少し気ぜわしい季節なのだ。
貯蔵することを「囲う」というのですが、野菜によって、貯蔵する温度や湿度が違う。それぞれ好みがあるのだ。根菜類はだいたい土に埋めるか、地下の「むろ」に入れればよい。だが、ジャガイモとタマネギ、カボチャは湿気を嫌うので置き場所に困る。特にカボチャは、暖かいところでないと傷んでしまう。困ったあげく、今年は台所においている。台所にコンテナに入ったカボチャが山積みになっている。カボチャと同居である。
冬支度
寒くなってきました。
何度か霜が降り、今度は、いよいよ最低気温がマイナスになってきます。このあたりは、太平洋側の気候に属するので、冬型の気圧配置になると晴れるのですが、晴れあがった明け方は、一段と冷え込みます。真っ白になった八ヶ岳を見ると、心底美しいと思うと同時に、条件反射で背中にゾクッとさむけを感じてしまいます。もうすでに朝晩薪をたきながら暮らしています。
畑には、とっくに収穫の終わったナスやらトマトやらが、まだ片付けられずに残っています。あまりのんびりしていると、土が凍りついてしまう。気は急くのですが、冬支度もいろいろあり、なかなか手がまわりません。
野菜は、12月にお届けするものでも、貯蔵しなくてはならないものもあります。大根や人参は、畑に溝を掘り、埋めます。以前、急に寒波が来て、大根がコチコチに凍ってしまったことがあります。取り遅れないようにしなくてはいけません。かといって、あまり暖かいうちに抜いてしまうと、「す」が入ったりすることがあります。天然の冷蔵庫に入れるようなものなので、寒さの様子を見ながらの仕事です。白菜や、ネギは、根っこのついたままビニールハウスの中において、わらなどで保温しておきます。
これから畑に残るのは、ほうれん草、小松菜、冬菜、ターサイなど本当に寒さに強いものだけです。寒くなると、地面に張り付くような姿になります。糖度が上がるのも、寒さに耐えるためだそうです。これからが旬です。(か)
自家採取
ほそかわ農園では、現在、穀物や豆類は自分で採った種を播いています。野菜の種も自家採取したいと思っているのですが、まだできていません。
米や麦や豆は収穫物自体が、完熟した種子なので、収穫した中から必要なだけ取り出して種まきすればいいのです。簡単です。
一方、野菜のほうは、普通、種子が完熟する前に食べてしまうので、種を採るのは少し面倒くさいのです。たとえば、ニンジンの種を採るには、秋、収穫したニンジンを全部食べずに残しておく。この辺は冬の寒さが厳しいので、凍らないよう土に埋めておく。春、掘り出したニンジンを再び畑の隅に植える。すると、ちょん切った葉のつけねから再び芽を出し、固い茎をのばし、花を咲かせます。レースのような白い可憐な花です。さらに黒く完熟するまで待ち、種を採るのです。
キュウリやトマトなどの実のなるものは、そのまま十分熟すまで待てばよいのですが、同じ仲間のものは、交雑してしまうので注意が必要です。
種を自分で採ると何かいいことがあるのでしょうか。いろいろあるんです。
自給という意味もあります。種はみんなの共有財産ですし、みんなで少しずつ持っていれば、安全です。ひと昔前の農家は、ごく普通に種採りをしていたようです。
それから、種を採り続けると、野菜がだんだんその土地の気候に適したものになってゆくそうです。作りやすく、丈夫になってくれるのです。また、栽培方法にも適応してくれます。少ない肥料で育てていれば、それでも元気に育つようになるし、無農薬で育てれば、薬なしでも平気な体質になるのです。すごいですよね。
どのくらい続ければ、ほそかわ農園のオリジナル野菜ができるのかわかりませんが、3年、3世代たつとだいぶ変わるんだよと聞きました。
また、野菜の一生をじっくり見ることになるので、今よりもう少し野菜作りが上手になるのではと思うのです。来年こそ挑戦です。
人力で自給
農家には、いろんな機械があります。うちにも、エンジンのついたキカイが、小は草刈り機から、大はトラクターまで10台以上あります。農業は、キカイと石油なしにはできない。というか、キカイと石油があったればこそ、現在の日本のたった300万戸あまりの農家で、その他の人に食料を届けられるのです。残念ながら自給率は4割ですが。
しかし、石油を使うのは、どうも後ろめたい。いずれそのうち石油がなくなってしまうのは、間違いないようですし、少なくなるにつれて、みんなが少ない物を、お金で、そして力づくで奪い合う事態が、もうすでに始まっているようです。地球上のいろんな物に限りがあることを 、痛感させられるこのごろです。
けれど、自分の食べる分を自分で作るなら、ほとんど人力で可能なのです。たとえば、一家族、数人で、5畝ほどの田んぼと少々の畑を作れば、かなり自給できますが、この面積ならば、田植え、草取り、稲刈り、乾燥、脱穀といった作業が、キカイを使わずに人手だけで十分できます。時間も半日働けば、自給できるそうです。それに、趣味あるいはレジャーとしてもなかなか楽しいのではないかと思います。皆さんもどうでしょうか。
専業農家として生きるには、思い通りにならないこともあるし、割り切ることも必要ですが、人力で自給、ひそかにあこがれてます。(か)
自給生活
けっして自給自足をめざしているわけではないが、お金にならない、いわゆる自給のための労働が年々ふえてゆく。いや、自分たちで増やしているのだが…
たとえば、醤油作りはこんな具合だ。まずは大豆を栽培し、収穫する。同じく小麦も作る。これらを使って麹を作り、塩を合わせて樽にしこむ。それを毎日かき混ぜる(妻が混ぜている)。2年後、しぼってビンにつめる。去年の冬は、この搾るための道具を数日かけて自作してました。どうです、かなりの手間でしょう。いったいこの自給しようという欲求はどこからわいて来るのでしょうか。自分でも不思議です。
しかしここ、八ヶ岳山麓の友人、知人の中には、あらゆる食料を自給するのはおろか、家を自分で建ててしまうひとだって珍しくはない。薪で煮炊きしたり、バイオマスとかエネルギーの自給してしまう人もいる。うちなんてまだまだ、自給道?も奥が深いのだ。
嵐のあとは・・・
6月下旬が、秋冬物の人参の種まき時期だ。
今年は、めずらしく早々と肥料をまいた。
根菜類は種まきの直前に肥料をまくと、二またになったりすることが多いので、早くまかなくてはと思いつつ、いつも直前になってしまうのだが。
そしてひと月も前にうねを立てた。びっしりと芽を出した雑草を一度バーナーで焼いてから種をまいた。こんなことまでしたのは初めてだ。今年から人参を作る畑を変えたのだ。その畑は草だらけななので、念をいれたのだ。
7月6日、夜半短時間だがバケツをひっくり返したような雷雨があり、翌日畑にゆくと、芽を出したばかりの人参が泥に埋まっていた。4列×300mほぼ全部だ。
そうだった、この畑は土が流れやすいのだ。前にも一度流れたっけ。忘れてた。くそー。
急いで早生の種を注文する。まきなおしだ。7月10日にまいた。こんなに遅くまいたのは、初めてだ。もうバーナーなど当てる余裕はない。
さて、勝手ながら今度は梅雨が明けてしまうのが心配だ。人参はとくに発芽に水分を要する、芽の出にくーい野菜なのだ。できれば今度はそっと雨が降ってくれますように。(か)
自然との一体感
一度だけ、西表島の海に潜ったことがある。シュノーケルをつけて、ちょっとのぞいただけなのだが、さんご礁に群れる無数のカラフルな熱帯魚に驚いた。テレビみたいと思ってしまった。違うのは、じっさいに海に潜って見ていると、何ともいえない包み込まれるような一体感があることだ。
さて、田んぼの話です。
毎日通う、私の仕事場でもある田んぼだが、時々、あのさんご礁にもぐったときと同じような感じを受ける。田んぼにもじつにいろんな生き物がいる。熱帯魚に比べると、小さくて地味なのだが数は多い。
ミジンコ、オタマジャクシ、今は、ちょうど小さなカエルが上陸中。あぜを歩くたびに、ぴょンぴょん飛び出す。7月には、トンボがいっせいに羽化する場面に出会える。早朝、稲によじ登り、羽化したばかりのトンボが、飛び立つのをまっている。あそこでもここでも、そこらじゅう。そんな田んぼにそっと入ってゆく時感じるのは、やはり何ともいえない一体感だ。(か)